シャイターンの堝
<堝03 title="処四姦徹の1">
~01
主人である少年・多ヶ島典雅は、場所を探していた。隷となったばかりの、金髪碧眼巨乳の娘の肢体を、心ゆくまで堪能するための、人目に付かない場所を。
昨日と違い、ラブホテルを利用するだけの金はない。なら、当然どこかに隠れて、という事になる。昼前の日の高い時間帯だが、幸い人通りは多くない。考えてみれば、こちらとしては修学旅行の真っ最中だが、地元の住民にしてはありきたりな平日。学校なり会社なりで、町を出歩いている人間の方が少なくても当然だ。
「じゃあ、とりあえず公園にでも行ってみるか?」
直ぐ後ろを付いてくる女に、一応行き先を告げて歩き出す。
「妾は、地理に明るくない故、お任せいたす」
そう言われても、典雅も地理に明るい訳でもない。確かに彼女よりは詳しいと言えるだろうが、それも修学旅行前にガイドブック等で下調べをした程度の事。
「まあ、探せばどこかヤれそうな所が有るだろう」
何事もあまり悩まない性格の少年は、楽観的に言って足を進めた。しばらく散策すると、建物の間から緑がのぞいているのが目に付いた。
そこは、都市部の間隙を埋めるような緑化公園。覆い茂る樹林が、目隠しに丁度良さそうだった。なんなら、その林の中という手もある。
――ふと、
「おや?」
女は首を傾げると、足早に公園の入り口へと向かった。
「どうした?」
典雅が追いつくと、彼女はしきりに目の前で右の五指をすり合わせるように動かしている。何か悩んでいるようでもある、難しい表情。
「何かあったか?」
「いや…大した事でも無いのだが…」
そう言う割には表情は硬く、嫌悪のような物が見て取れる。
「侵入を拒む印のようだが…。先客が居るようじゃ。如何がなさいまするか?」
そう答えた時には、既に指の動きは止まり、その手は真っ直ぐ公園の方へと向いている。
「入ったらマズいのか?」
なんだか面倒そうだ、と頭を掻く典雅。
「いや、特に。いかなる事態に成ろうとも、主様の身は妾が守る故、危険などは万に一つも有り得ませぬ。
ただ、相手には嫌がられるであろうが…」
「はあ」
典雅の気のない相づち。他人と衝突・軋轢を、後が面倒という理由で、できるだけ回避する基本姿勢の少年だ。もっとも、衝突しまくっている相手も数名居る事は居るが。彼は、あれを一種の遊びとしてしか認識していないようで、勘定のうちに入れてない。
しかし、
「此の様な類を用いる者が居るのならば、典雅様にとっては物珍しい物が見られるでは――少なくとも、暇
つぶしには成るはずじゃが?」
そう言われると迷ってしまう。実際、金を使わない、暇のつぶし方に悩んでいたのだから。
「ま、とにかく入ってみるか?」
そう言うと、彼女は静かにうなずき、何かの合図のように手首を返した。
~02
―― 『助けてぇっ 誰か、助けてよぉっ』
公園の敷地に足を踏み入れた途端、そんな声が耳に飛び込んできた。甲高く、泣き叫ぶような、少女の叫び声。
「なんだ? 先まで物音一つしなかったのに…」
「気密が敷いてあったからのぅ。内の音は、如何程に大きかろうと、決して外には漏れぬ」
そんな説明に、典雅は顔をしかめた。
「なんだか、よからぬ事の予感が…」
やっぱり面倒事だ、とため息を吐きながら典雅は聞こえてくる方へと向かう。声の源は、割と近かった。入って直ぐに姿が見えてくる。
白い服装が2人。黒い服装が1人。そして――
「なんだ…アレ?」
典雅は思わず足を止めて、注視。
3人他には、黒い霧のような『何か』。それの一つが、白い制を着た少女の1人の身体に、獲物を捕らえた蛇のようにからみつき、先端の方が口の中へと侵入しようとしている。もう一つは、制服の少女たちと、2人を守るようにしている修道服の女性を、逃がさぬように
、牧羊犬のようにぐるぐると周囲を回り、時に円の中へ弾き飛ばしている。
先程の悲鳴は、倒れた友人の口から黒い霧のようなぼやけた物を、必死で抜き取ろうと引っ張る少女のものらしい。
「――誰かっ 誰か助けてっ 美佐ちゃんが死んじゃうよぉ…っ」
「むぅ… 存外に面白くない様じゃのぅ…」
失敗したと言わんばかりの表情で、隣で腕を組みうなっている女へ、
「助けなくて良いのか?」
と、典雅が問えば、
「助けた方が良いのかえ?」
逆に問い返されてしまう。
「…助けなくても良いのかなぁ?」
見るからに切羽詰まった危機的状況ではあるが、余計な手出しは後々祟りそうだ。と、どこまでも面倒がる典雅。そもそも、襲われている見るからに弱者の方に、必ずしも非がないとは限らない、との典雅の論。
「イヤぁっ! 美佐ちゃん、はいてっ!
あきらめちゃダメだよっ 美佐ちゃんっ」
響く声は悲痛そのもので、胸を突く響きがあるのだが。
「――で、どうされる?」
「暇つぶしでトラブルに首突っ込むのもなぁ… 放っておこうか?」
相当薄情な少年の言葉に、女もあっさり肯く。
「では、早く他の場所をみつけて、ごゆるりと性交を楽しみましょうぞ」
相変わらず淫靡などとは程遠い、あっけらかんとした物言だった。そして2人は来た早々に立ち去ろうと入り口へ向き直る。
――しかし、
「――あ! そこの人たちっ 助けて下さいっ 美佐ちゃん――友達が、友達が死にそうなんですっ」
5歩も歩かぬうちに、めざとく見つけられてしまう。
「助けるのかえ?」
立ち止まり顔面を押さえた典雅に、金髪女が再度確認を求めてきた。
「さて、どうしよう? これで無視して行くっていうのは、人の道に外れているような気がするし… でも、訳も分からず巻き込まれるのも、ちょっとなぁ…」
遠目でも可憐そうと分かる少女が、必死で助けを求める光景に、腕組み、うなり、義理と怠慢の板挟みで揺れていると、
「――危ないっ」
悲鳴じみた少女の声。背中を走った、ぞくり、とした感覚に、典雅は反射的に顔を上げる。
ぶわっ、と空気が鳴る音。迫る黒い影。衝撃を感じたのは右半身。たまらず、背中から倒れ込む。
「――痛ってぇ…っ」
顔をしかめて典雅が押さえたのは、むしろ腰。打撃を受けた右胸周辺は、実は大した事はない。切迫する黒い塊を避けるため、半ば自分から倒れ込んだので、かすった程度ですんでいた。
やれやれ、とどこかまだ余裕のある表情の典雅であるが、連れ合いは強張った顔で硬直。ぶるぶるっ、と握りしめた拳が激情に震えていた。
「…血…ぃ…っ」
なまめかしい唇が震えながら漏れたのは、絞り出すような声。
「え?」
目線を追えば、自分のほおから垂れる、一筋の鮮血。それを拭った時には、彼女は弾かれたように駆けだしていた。
「――この下郎共がぁっ!!」
向かった先は、先程飛びかかってきた物が着地した方。公園の出入り口の前に陣取り、何者も逃がさぬと意識表示をしている、細長く黒い霧の塊のようなモノ。
それは、駆け寄る彼女を迎え撃つように飛び出してきた。
「ハンっ」
金髪の女は、鼻で笑うような呼気。
――と、同時に右手。伸ばし、指を振り下げる。
瞬間、黒い物は見えないバットで殴られたかのように、地面に叩き付けられた。たなびく金色は、さらに悶えるその何だか解らない塊を走る勢いのまま踏みつけ、踏みにじり、終いには両端を力の限り引っ張って、引き千切った。
悲鳴。鳥のように甲高い、断絶の声。
三つに分かれた黒い塊は、敵わないと解ったのか、身を震わせるように地を這い、逃げ出す。
しかし、
「逃すと思うかっ!」
女は、軽いステップでそこから離れ、何か投げつけるように手を動かす。と、大気が揺らめく。次の瞬間、暴風と呼ぶべき勢いで風が吹き荒れる。
──ドドドドォーンっっっ!!
爆撃か瀑布か、というような音と共に、地面がえぐれ、鉄のフェンスや逆Uの字の車止めがひっしゃげ、黒い物は見る影もなく叩き壊される。
彼女はすぐさま、反対方向へ駆け出した。
相方を撃破して迫り来る金の色に対し、白い制服の少女に絡みついていた、黒い縄か蛇のような『淀み』は、わずかに逡巡したように動きを止め
る。しかし、すぐに決意したように少女の口を攻略する事を中断し、飛び出した。
「――きゃっ」
と、悲鳴を漏らしたのは、少女達を守るようにしていた修道服の女性。尻餅を付き眼鏡が跳ね落ちるが、今は誰も構わない。
金色をたなびかせる女は、顔面へ向かって襲いかかってきた黒いひも状の物を、左手で掴み取ると、地面に叩き付けた。
── ギャンっ、と犬ような悲鳴。
それを黒革の鞭のように振り回し、さらに二度三度地に打って、四度目で空へと放る。
「己が愚かさを、悔いて、逝けっ」
金の色は、凍てつくような死刑宣告の言葉と共に、天に放り投げた手をそのまま掲げる様にして、掌を上に向ける。
再度、ドウっ、と音を立てて大気が揺らめく。
今度は竜巻だった。掌の上で独楽のように回り揺れる、小さな空気の渦が、あっ、という間に拡大。まさに竜のように逆巻き、天へ昇る。ゴウゴウと空を引き裂く竜の顎は、途中に居た黒い蛇のような物を
呑み込む。黒い異形は、断末魔の声どころか、跡形すら残さず消え去った。
それは、誰の目にも明らかな、圧倒的な力の差。
「お前…、結構すごいんだな?」
歩き寄ってきた典雅は、意外と言う声を上げた。
「妾は、風の属では屈指であるのじゃぞ…」
自負のような台詞だが、語尾を言い淀み、表情も曇っていた。
「妾が側に在る限りは、典雅様は何者にも、害などは…――そう云っておきながら…この様な失態を…
…誠に申し訳ございませぬ…」
泣きそうな表情を近づけてきて、少年のほおの傷に触れた。
「あの程度の輩に…そう思った故に油断してしまったのだな…御身に傷を許すなどとは…
全く妾の油断。罰は、謹んで受けまする…」
そう言って、ひとまず主のほおから垂れる血を舌で舐め取ると、彼女はひざまずいて頭を垂れた。
「いいって。無事なんだし。ご苦労さん」
典雅は、腰の高さにある目にまぶしい金髪をくしゃくしゃに撫でて、腕を引っ張り、立たせる。
「良くは、無いと思うのじゃが…」
隷は碧眼を不満そうに細めていたが、
「いいんだよ。女を鞭でぶつような趣味もないし。
大体、傷って言ってもかすり傷だしなぁ」
こんなもんツバつけとけば治る、とばかりに主人は傷口をぬぐう。彼はまだ不服そうにしている隷には構わず、足下に落ちていた色気も飾り気もない黒縁の眼鏡を、尻餅をついたままの修道服の女性に手渡した。
「あ… あの… ありがとうございます…」
受け取る方は、やたらとびくびくした様子。先刻の異常な状況からすれば、萎縮しても当然だろうが。
「――美佐ちゃんっ 美佐ちゃんっ 大丈夫?」
「…こほっ…うん。でも、気持ち悪い… 口ゆすぎたい…」
さっきの『何だかよく分からない物』に、口から侵入されそうになっていた少女は咽せ込み、友達の手を借り
てふらつく足取りで立ち上がる。
「あそこに、蛇口があるから。行ける? 歩ける?」
もう一人の少女は、彼女の背中を撫で、支えるように付き添う。
――と、
「あれ…?」
何かに思い至った典雅の声に、付き添いの少女が顔を上げた。
「あ、あの… 何でしょう…?」
難しい顔でじっと見つめる典雅の視線に気圧され、恐る恐るといった声。典雅は、それを全く気にとめず、つま先から頭までを視線を三往復させて、眉間にしわを寄せて尋ねる。
「君、俺とどこかで会った事ない?」
「え…? あの… それって…」
少女のおびえたようなか細い声に、典雅のみならず、他3人も興味深げに耳を傾ける。
「……ナンパ、なんでしょうか…?」
「……………」
何だか、妙な沈黙が流れた。
~03
一同は、ひとまず、公園から見えるドーナッツショップに移動した。
店の一番奥の席に着いて、一番に口を開いたのは、修道服と眼鏡の女性。
「あの。本当にありがとうございました。うちの生徒を助けて頂いて」
「うちの生徒? あんた――いや、お姉さん、シスターじゃないの? その格好」
「ええ。教職と兼任なんです。
その、我が校は、聖マリアベル女学院と言いまして、名前通りミッション系なので」
典雅には聞き覚えのない学校名だった。
「それでこの子達は、中等部の生徒で…」
シスターは、黒縁眼鏡の向こうから、2人へ目配り。白地に紺のラインの制服。よく見れば、確かに胸の校章には十字架のようなマークが組み込まれている。
「あ…その、長谷川 奈美です」
栗色で垂れ目の少女が、消え入りそうな声と共におじぎ。さっき、友達の為に助けを呼んでいた時とは、大違いな大人しさ。
「中谷 美佐です。助けて頂いて、本当にありがとうございます」
対照的に、こちらの黒髪のポニーテールの少女は、明朗な声。頭を下げる動作も、活力があふれている。襲われかけたショックはだいぶん抜けたようだ。
「あ、申し遅れました。私の名前は、國井 のりこ。この子達の副担任として、修学旅行で同行しているんです」
最後に若いシスターが、深々と黒髪のボブカットの頭を下げる。童顔で几帳面そうな人物。
名乗られた以上、こちらも名乗らなければならないだろうと、典雅はため息。正直、身元を明かす気もなかったので、あえて名前を聞かず、口止めだけして立ち去るつもりだったのだが。
「俺は、多ヶ島 典雅。こっちは…」
指さしたまま言い淀む。困った顔の主人に、彼女は気を利かせたのか、生クリームをたっぷり挟んだドーナッツから口を離し、紹介を継いだ。
「妾は………ああ、何というか、故あって先日からこの方に従属している、風の属の者なのだが…
主人から、いまだ名を頂いておらぬのでのう。名乗る事はできぬ、というより名乗るべき名が無い故に、許せ」
隷は、言い終わると直ぐにドーナッツにかぶりつく。甘い物が好物らしい。幸せそうにほおを緩めている。
「――って事らしい」
投げやりな口調で肩をすくめる典雅。かなりおかしな自己紹介にフォローを入れる気もない。しかも、できるだけ突っ込まれないように、突っ慳貪な態度をしたのだが…
「え! それって、お姉さん、式神とか、使い魔とかそういう事なんですか?」
中谷美佐という娘が、ひどく興奮した様子で身を乗り出す。
「『使い魔』か… 妾はむしろ、『魔』というより『精霊』の類で在るな。あえて分けるならば」
金髪の隷は、口元をクリームでベタベタにしながら、片手間に答える。
「きゃあっ すご〜い! じゃあ、こっちのお兄さんは陰陽師? じゃあ、ああいう事がお仕事なんですか? やっぱりこういうのって、修行とかきついんです? お金とかどのくらいもらえるんですか? 京都辺りとかはやっぱりそう言う人が多い――」
「――ちょ、ちょっと美佐ちゃん…」
拳を振り回し、ポニーテールを踊らせ、興奮のまま立ち上がる美佐。そのスカートの端を、引っ張るのは奈美。
「初対面で、そんなに色々聞くなんて失礼だよ?」
「そうですよ、中谷さん。どんな時も相手の事情を思いやれないようでは、立派なレディになれませんよ?」
「あ、あはははは… ごめんなさ〜い」
友人と教師の2人から諫められて、美佐は素直に腰を下ろす。
「――でも、風の精霊って事は、やっぱり『シルフ』なんですか?」
と、これは、栗毛の娘。
「何よぉ? 奈美も興味あるんじゃない? でも、精霊が美人だって話は本当だったんだぁ。いいなぁ。胸も大きいし」
「シルフ、風の乙女のぅ。そう呼ばれた覚えはないが、そうでは無いとも言えない、といった所じゃな」
(――シルフ、ね… 意外と良いかもな。名前らしくすれば、『シルフィ』辺りか?)
女達の問答を聞きながら、典雅はそんな事を思い付く。
「シルフィ=シャイターン…か?」
ジン、より、シャイターンの方が名字らしく思え、口の中で響かせてみた。すると、それを聞きつけたのか、金髪の女が振り返る。
「ほう… 典雅様、それが妾の名前かえ?」
ひどく嬉しそうな隷に肯き返し、
「ま、今のところそう考えてるけど。そんな安直な名前は嫌か?」
「安直でかまわぬと云っておろうに。
例え、どんなご大層な由来の名であっても、主君に親しみを覚えて頂けぬのでは、何ら意味がないのであるのじゃぞ?」
そう言って彼女は、何度かその名を繰り返す。
「シルフィ…か、…シルフィ=シャイターン、のう…」
「まあ。気に入ってもらえて何よりだ」
満足そうな彼女を見ながら、典雅はアイスコーヒーを一口。それが呼び水となって、空腹感が胃袋をきしませた。思い返せば今日は、朝一番の大騒ぎで朝食を食べ損なってしまい、結局まだ何も口にしてなかったのだ。その代わりをここで済まそうかと、腰を上げようとして、
「――これで妾も、務めに力が入るという物。 では、早速とりかかるとしよう」
そう満足げにうなずく女 ── シルフィの指が、不意に額に触れてきた。
――そして、典雅の視界は暗転した。
</堝03>
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