さぶらい03. トラブル続きの五月晴れ(右)
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はっきり言って、彼女は美人だ。 しかも、絶世の、と付くような。 いや、正直言えば、だからと言っても何も思わなかった。最初は。
恋愛の対象外。やはり恋愛って物は、コミュニケーションが命。 そう思っていた。 でも、関係なかった。 整った顔立ち、抜群のスタイル、頭も良くて、運動神経もある。それなら、もっと偉ぶっていそうだけど、彼女は違う。むしろ、いつも下手に出て、控えめで。やっぱり、生まれが違うんだろうな。育ちがいいんだよ。奥ゆかしくてさ。きっと、名家の生まれなんだよ。他の、厚かましくて口やかましいだけの、バカ女共とは大違いだ。 あれこそが、本当の女の子だ。 そんな彼女が、慣れない環境で苦労していると思うと、俺は居ても立ってもいられないね。今すぐ駆けつけてやりたいくらいだ。 だから、そんな壁、というか考えなんて全く無意味だった。言葉とか人種の違いなんて小さな違いだった。 そうさ、彼女に会って分かったんだよ。やっぱり、人間中身だって。 「なるほど、愛しちゃったワケですか?」 ニヤニヤ笑うバカな友達の言葉なんか気にしない。 ああ、そうさ。 彼女が好きだ。愛している。 誰の前でも言ってやる。何回でも言ってやる。俺の心は彼女の物だ。 「って、ひとりで盛り上がるのは良いけどよ。 勝算はあるのか?」 フッ、と鼻で笑う同じ部活の友人を、お門違いと反対に鼻で笑い返してやった。 は? 勝算だって? 彼女は授業中、じっと俺を見てくるんだぜ? あれは、俺の告白を待ってる目だよ。 そう、控えめで健気な人なのさ。 自分からはとても言えない、恥ずかしがり屋な、可愛い人なんだよ。 だから俺から、男から、男気って物を、日本男児のヤマト魂って物を、サムライ魂って物を見せなければならないんだ。 今日だって、彼女の代わりに物理の教材を持ってやったら、へへっ、見せてやりたかったぜ。 『なんて頼りになる、たくましい人なの』 って目で見るんだぜ。それで、やっぱり、申し訳ない、って顔を伏せてさ。 バカ、気にするなよ、ミク。か弱いお前にこんな重い物持たせるなんて、男が 「玉砕覚悟か……まあケガのないようにね」 漫画から顔を上げない幼なじみに一喝。 バカ、どこをどう聞いたら、玉砕なんて出てくるんだよ。 高校最後の一年間は、彼女と最高の毎日を過ごすんだよ。彼女は神が遣わした、俺だけの天使なんだ。 そして愛を深めて、卒業と同時に結婚。 彼女は俺が守ってやるんだ。彼女は俺が幸せにするんだ! 俺以上に彼女を愛している男なんて居ないし、俺以上に彼女を幸せに出来る男なんて居ない!
── と、絶叫を繰り返す幼なじみに、名護はため息。 処置なし、と思って周りを見渡せば、苦笑いの太田(転校1週間目で早々に告白し、玉砕)が目で合図を返してくる。 隣に腰掛けてコーラをあおる西村(転校15日目に体育館裏で撃沈)は、どこか昔を懐かしむような表情で見守っている。 (容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能か……にしても、程があるよな)
まだ傷の 先々日に社会科準備室で告白し、あっさり玉砕。そのあまりにも有り得ない断り方に、思わず頭に血がのぼって襲いかかった上に、あっさり返り討ちにあった名護としては。 「彼女、意外に甘えん坊でさっ しかも と、既に脳内デートに繰り出し始めた、幸せそうな顔の幼馴染みの黒沢(明日撃沈)へ、 「まあ、ともかく、ケガのないようにね」 そうとしか忠告を繰り返す以上の事はできなかった。
そう、明日にもその憧れの美少女 ── 崎守魅久の口から、聞くに 「ごめんなさい。 わたくし、昔からとある方の 『所有物』 なんですの。 ですから、お気持ちは嬉しいのですが、殿方とのお付き合いなんて考えられませんわ」 そんな聞くに堪えないような台詞を、淑女な彼女がほおを紅潮させ、見た事もないような幸せそのものの表情をして答えるなんて……。 名護は、幼なじみに何も言ってやる事もできず、ただただ哀れみの目だけを向けていた。
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案の定というか。 入学して1ヶ月は経つのに、
── というのも、
「えぇっ マジぃ ──」 「── しぃぃ……っっ」 「……声大きいのよ、あんた……」 「……ごめん……」 「……マジよ、私の友達同じ学校だったんだから……」 「── 最っ低ぇ……!!」 「……現実にそんな事があるなんて……」 「……イツガちゃん、かわいそう……」 「……あんな大人しい顔して、外道……」 「……人間のクズね……」
── とか、毎日女子生徒の噂の的だったり。
「おい、幸崎って奴はどいつだ!」 「出てこい、幸崎ぃっ」
── とか、男子生徒からも人気の的だったり。
まあ実際、 『的』 だ。 英語で言えば、ターゲットとかそんな奴。 しかも、違う意味で、体育館裏の常連さんだ。 もう笑う以外にない様な状況だ。
「いやぁ、もてるオトコはつらいねぇ」 「そんな 小学生の頃からの友達が面白半分に言う台詞に、涙ながらに怒鳴り返す。 幸崎 茅という少年は、こういう騒動の
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「あ、あれ。チーさまだぁ」 という声が上がったのは、校舎の屋上の、さらに上。屋上昇降口の屋根の上に乗った、オレンジ色の給水タンクの上からだった。 体育館裏とは死角になっている印象もあるが、実は位置によっては結構見晴しがきいた。 そうは言っても、普通の神経の持ち主なら、こういう所には昇ったりはしないのだろうが。 全体的に丸みの帯びた給水タンクはそもそも上に人が乗るような形状でもないし、さらには一歩足を滑らせれば真っ逆さまに4階から転落、というような危険極まりない位置にあるのだから。 しかし、彼女らにとっては逆に、こういう場所を見つけだして確認するのは一種本能のような物だし、下を見れば 「 と、 前者は 後者は、栗色の長く真っ直ぐな髪を後ろで一つにまとめた そんな容姿の優れた2人なので、屋上で髪をなびかせ、話をしているだけでも十分に絵になった。 「なんだか、変な雰囲気……」 眉をひそめて評したのは、栗色の髪を乱雑に切り揃え、無粋な色つき眼鏡をかけた少女。 「またケンカかなぁ?」 「あら、またですか。ほとんど毎日ですね」 「 と、 「あ……ご主人様、胸ぐらつかまれた……ボタンとんだ」 肆緒は淡々と見たままを告げているが、その声にはどことなく 「ええ、またぁっ!? もう、昨日付け直したばかりなのにぃ」 五雅は不機嫌そのもので金の髪を振り乱す。それを撫で付けてやりながら、魅久は再度ため息。 「何故、こうも 「って、ミクちゃんのせいじゃないの? うちのクラスの男の子たちも、ミクちゃんのウワサばかりしてるもん」 五雅は怪しむ目つき。次いで、肆緒もそんな目つきで魅久に振り返る。 「魅久に想い破れた男の子が暴走…ご主人様に八つ当たり?」 「そう、ありえるでしょぉ?」 「有り得る……」 うなずき合う五雅と肆緒の頭を、魅久が小突いた。 「って、そんな訳ないでしょ? わたくし、丁重にお断りしてますから」 と本人は自信たっぷりだが、肆緒・五雅の妹2人としては大いに疑問が残るようで、不信の表情を崩さない。 「ミクちゃん優しい顔して、チーさま以外にはヨウシャないしぃ」 「違うわ、五雅。 魅久は、ご主人様にも容赦がないもの……」 「そんな事はありませんわ」 魅久は、ひどく心外という表情で抗議の声を上げる。 「じゃあ、あの人たち見覚えない?」 五雅が、先ほどから 「……15人、くらいまでは顔と名前を覚えていたのですが。 交際の申し込みをされるのも毎日ですから……」 困惑を通り越して、疲れすら覚えたような表情。 「へぇぇぇ、やっぱりミクちゃんじゃないの?」 金髪の少女が、意地悪な声で詰め寄る。対して、風になぶられる自分の栗色の髪を片手で 「ちがいます。 ── それより、五雅さんがまた口を滑らせて、何か余計な事を 「あ、ひどぉい。私そんなにおバカじゃないもんっ」 「どうでしょうか。わたくしの記憶では確か、茅様と交際しているかどうか聞かれて、とてつもない返事をしていましたよね?」 「── 『付き合っている、って言っていいかは分からないけど、えっちなら毎晩』 って嬉しそうに答えているようじゃ、確かに信用できない……」 「そんな五雅さんのうかつな発言のせいで、茅様は今ああやって壁に押し付けられ、 魅久は清純な顔を悲しげに曇らせ、両手で覆う。が、声からしていかにも白々しい嘘泣きだ。
というか、本当にそう思うのなら助けに行けば良いのだが。全く動く気配もなく 壁に押しつけられて抗弁している少年は、遠目にも結構必死な 「うぅ……っ」 魅久と肆緒の連携に逆に追い詰められて、五雅は言葉を詰まらせる。 「ちっ、ちがうもんっ、ホントに私じゃないもん!」 「あら、どうでしょう? 五雅さんは、嬉しい事があるとすぐに 『うっかり』 をしてしまいますから。 やはりそういう方には、茅様にお仕えする資格はないと思いますわ」 「チーさまぁ、ミクちゃんがいぢめるよぉ〜」 遠くに見える主人に、姉の非道を訴えてみる。が、もちろんこの距離で聞こえるはずもなく。また、現在それ以上にひどい目にあっている茅に、何か出来るわけもない。 「当たり前です。 だって、ライバルは蹴落とすものでしょ?」 「―― うわっっ!! やだぁ、ミクちゃん殺さないでっ」 「―― それ、魅久が言うと 魅久は割とさらりと言ったつもりなのだが、年下2人は手を取り合って恐々とする。 「何で本気にするんですか……おちゃめな冗談でしょ?」 「いや、だってぇ。 ミクちゃん、チーさまに誰かがご奉仕してると、すぐに割り込んでくるし」 「五雅がご主人様に毎晩すり寄ってるのは、単に Sex 大好きだから……だけど、魅久の場合は嫉妬と独占欲……」 「順番とか破ると、すっごく怖い顔するしぃ」 「ご主人様に構ってもらえない時は、すごく不機嫌……」 口々に色々言ってくれる。 「だからって、わたくしも嫉妬で姉妹を殺すほどに、トチ狂ってはおりませんっ」 と、魅久は抗弁。 「いや、でも ――」 なおも、五雅は言い募ろうとするが、 「── トチ狂っては、おりません」 と、魅久は、笑顔と優しい声で、抗弁。 「わ、わかってるよ、うん、もちろん」 「私も、わかってる……ちゃんと」 五雅と肆緒は、慌てて首を縦に振る。 それ以上の追求を封じ込めるだけの、戦闘力を ── 誤り ── 説得力をもった笑顔だった。俗に言う、目が笑ってない、という奴だ。 魅久は2人の反応に満足そうにうなずくと、声を改めて口を開く。 「ちなみに、一応聞いておきますが…。 肆緒さんは、彼らの顔に覚えはありませんか?」 「私はあなた達と違って、ご主人様以外の男に興味ないから……」 「……聞き捨てなりませんね。 まるでわたくし達が、茅様以外の殿方に格段の興味を持っているかの 魅久は、今度は明らかに目つきを変える。 「そうだよ、チーさまが聞いたら誤解するでしょっ そんなのじゃないもん、ただのお友達だもんっ」 五雅も、碧眼を三角につり上げて文句を言う。 しかし、肆緒は2人の剣幕には取り合わず、体育館の裏で殴られそうになって後退している主人を指差す。 その引きつった愛想笑いをする少年を取り囲む男子生徒達は、まるで自分の恋人を盗られたような剣幕だ。 「そういう勘違いをしている……そうじゃないと説明がつかない状況」 「まあ、そう言われると反論しずらいのですが……」 と、魅久は困惑の表情。小さな声で、……でもそんな勘違いをされる その隣の五雅は、腕を組んで凶悪なボリュームを誇る胸を寄せ上げ、うなっていたが、やがて 「う〜ん……あれじゃないかな? ほら、入学式の日に、 『私たちは、チーさまの物だよ』 宣言しちゃったでしょ? で、そういう人って普通いないんでしょ? チーさまみたいに、私たちみたいな女の子からお仕えされている人って。 ── だから、かな?」 「……要は、ご主人様への妬み、嫉妬心……? ……成る程……もてない甲斐性のない年頃の男子からすれば……そうね……確かに、うら若い乙女にかしずかれ、 「そ、そうですか…… それでは仕方有りませんよね?」 どこかウキウキと、何度も腰を浮かせたり腰を下ろしたりする魅久。 「そだね。なんて言うの? みんな、チーさまがうらやましくて仕方ないから、腹いせってヤツだね」 意味もなく 「そうですねっ
あんな素敵な茅様のお側に置いて頂く以上、わたくし共もそれに相応しい女となるべく日々たゆまぬ努力を続けておりますし、衆目を集めるわたくし共が、いつもああやって茅様に
皆の 言うなれば有名税といったところでしょうか……うふふ」 魅久は、さっきの不機嫌な表情はどこへやら、一転してとことん上機嫌だ。 「えへへ、やっぱりチーさまと同じ学校に通って正解だよね?」 「そうね。 私たちを きっと、ご主人様も良い気分のはず……」 五雅のみならず、肆緒までもが、どこか嬉しそうに目を細める。
── だぁっ うわっ 危ないって、ちょっ、ちょっと、落ち着こう! ね、落ち着いて! スネを蹴ったのは謝りますからっ ってか、思わず反撃しちゃっただけなんですよ、だっていきなり殴りかかってくるし、他意はないんですってばっ ──
と、裏庭の方から、彼女たちにとって何より大切な人の痛切な叫び声が響いてくるが、 「仕方ありませんよね、有名税ですものっ」 「そうね。 こればかりは諦めてもらうしか……ふふ」 「そうだよ、仕方ないよ、男のカイショウだもんっ」 魅久も、肆緒も、五雅も、実に嬉しそうにそれを聞き流していた。
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「くそぉっ なんでこんなヤツに、あんなっ! あんな、あんな あんな可憐な人がこんな目にあわなければいけないんだぁぁ!」 「 ── いいや良くない!(反語)」 「そうだ、お前みたいな人間がこの日本を腐らせているんだぁ!」 「そうだ! お前みたいなヤツが、こんな外道な欲望のために他人を犠牲にするから、世の中から不幸がなくならないんだっ」 と、意味不明な絶叫と共に迫りくるのは、今日は上級生達。 「── だ、誰か、誰か たすけてぇ!」 もちろん、どれほど痛切に助けを求めても、 『外道』 『悪魔』 『最低男』 『人間のクズ』 『鬼畜ハーレム・マニア』 の5重認定(学校公認)の、1年C組
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