さぶらい

06. 雨期に咲く花の

 

 

-01-

 

 「お〜い、シオちゃ〜ん」

 夕方のショッピングモールの一角で、何やら難しい顔をしていた少女に、親しげな声がかかった。

 呼ばれて振り返る少女は、崎守さきもり 肆緒シオ。相変わらず、色素の薄い瞳を隠すような洒落しゃれっ気の一つもない眼鏡に、栗色ブラウンの髪を乱雑に切っただけのショートカット、と地味な格好 で、学校帰りらしく学生服のままだ。

 駆け寄ってきたのは、肆緒シオのクラスメイトで、3人グループの少女達。

 「やあ、シオちゃんも買い食いかい?」

 最初に駆け寄ってきた、運動部で肌を浅黒く焼いた少女が、冗談めかしてそうたずねる。

 肆緒は、思わず淡白な顔に小さな笑みを浮かべて聞き返す。

 「いいえ、買い物……。 貴女達は?」

 この洒落っ気のない少女は、あまり喜怒哀楽を見せないので、こういうのはちょっとした希少レアだ。 例えるなら、気位の高い猫が指をめてくれたような嬉しさを感じる。

 『この無表情なクラスメイトを、毎日笑わせる』 という目標を掲げているスポーツ少女は、自分背中に隠すように得意げに親指を立てて見せた。これで連敗は4でストップ。明日と明後日は、お昼の紙パックジュース(いちごミルク)が、おごり決定。 スポーツ少女の後ろに続く2人は、やられた、と微苦笑。

 「………?」

 と、そんな級友達のひそやかなやりとりを、いぶかしそうに見ている肆緒シオに気付き、

 「ああ、ちょっと、そこでクレープをね?」

 と、慌てて答える。

 「……買い食い?」

 「いえいえ、あくまで部活の後の 『栄養補給』 ですよ、エーヨーホキュー」

 「育ち盛りは大変なのよ?」

 「…それ、買い食いと、どう違うの?」

 「だから、『栄・養・補・給』! なの!」

 「そうそう、あくまで消費したカロリーを補給しているだけなのです。

 そんな、太る原因と一緒にしてもらうと困ります!」

 「………」

 言い切られて、肆緒は少し嘆息。追求を諦める。

 (でも、さっき…… 「シオちゃん 『も』 〜」 ……って言ってた)

 とは、思っていたが。

 「ところで、買い物って、洋服?」

 「ああ、シオちゃんもようやくオシャレに目覚めてくれたんだね。

 お姉さん嬉しい……!」

 と、妙に大げさに感激の動作をするクラスメイトに、肆緒は答えず、少し困惑の表情。

 「…………」

 と、そこへ

 「あら、肆緒さん、お友達ですか?」

 しとやかな声が響いてくる。

 級友達は、それだけで空気が変わった事を感じた。明らかに、世界が華やいだ。

 姿を現したのは、まるで良家の令嬢のような美人。艶やかな栗色の髪と、清楚な笑みは、理想的なボディラインと相まって、高貴ささえ醸し出している。肆緒の姉で3年生の、崎守さきもり 魅久ミクだ。

 そこへ、もう1人、

 「ねぇねぇ、こっちとこっち、どっちがいいと思う?」

 浮かれた声は、柔らかな金糸のような髪を揺らす少女。両手に何か持って、子供のように跳ねながらやってくると、その人並み外れて豊満な胸 がたわわに揺れる。そのくせ、手足も腰も、健康的に引き締まっている。同年代の少女から見れば羨ましいくらい抜群の ── 文字通り群を抜いた ── プロポーション。肆緒の妹で1年生の、崎守さきもり 五雅イツガだ。

 「あ、こんにちわぁ」

 こちらに気付いての笑顔は、誰からも愛される天使の様。

 そんな美華びかとしか言えない姉妹2人に囲まれ ながらも、肆緒は相変わらず淡々とした様子で、少女3人のグループを指し示し、

 「クラスメイトの ──…」

 と、紹介を始める。

 それを受けて、3人は順に挨拶あいさつを返した。

 「── ところで、それは?」

 と、グループの活発な少女がいぶかしげに、五雅イツガが手に持つ 、きわどいデザインの水着を指差す。

 当然の疑問だ。今はまだ6月も初旬。夏の準備には気が早すぎる。

 「水着の新調」

 と、答えたのは肆緒。

 クラスメイト達が、彼女に言われて改めて見渡せば、そこはスポーツ用品コーナーの女性水着売り場。

 「なんで、水着を?

 フィットネスクラブとかで泳いでいるの?」

 と、さらにたずねれば、

 「ううん! あのね、私達ね、いつも、水着でチーさ ──…ふがっ!?」

 「── え、ええ、そうなんですの! わたくし達いつもフィットネスクラブに通ってますのっ

 水着が 『ちーさく』 なりましたので、お父様とお母様の結婚記念のプレゼントを買いに来たついでに、とでも思いまして…」

 金髪の妹の発言の最中で、栗毛の姉が慌てて言いつくろう。

 「はあ…でも妹さん、 『ううん』 とか言ってませんでした?」

 と、どことなく引っかかりも覚えるが、

 「余り気にしないで。五雅イツガはお馬鹿だから、たまに日本語の使い方がおかしいの 」

 と、淡々とした同級生に、さも当然のように言われれば、そんな気もしてくる。

 なんだか、彼女の後ろの方では、姉に口をふさがれた 金髪の妹が、ふが ー!、とかうなり声で抗議をしているようだが。

 「な〜んだ。

 それじゃあシオちゃんがオシャレに目覚めてぇ ── って訳じゃないのね?」

 「…ああいうの。あまり好きじゃないから…」

 言いよどんで顔を伏せる彼女のまるで気のない様子に、 クラスメイト達は無言で目を合わせて、ため息。

 「そっか…でも、その気になったら言ってね?

 私達が、世界最強の美少女って感じにコーディネイトしてあげるからね!」

 そう言って、彼女の姉妹に会釈えしゃくして別れた。

 

 

-02-

 

 

 少し離れて、クラスメート達が誰ともなく口を開いた。

 話題は、さっき分かれたばかりの、あまりに飾り気のないクラスメイトの事。

 「…シオちゃん、あの様子じゃあ、まだまだ時間かかりそうだね?」

 「そうだね。 長期戦だね」

 「でも、素材は良いんだから、もう少し格好に気を使うだけでも、ずいぶん見違えるとおもうんだけどなぁ…」

 あの、年頃の女の子としてはどうかと思うほどに、飾りっ気のない格好で平然としている彼女を、オシャレに目覚めさせる事が使命の様に感じているクラスメイト達は、 口々にぼやく。

 しかし、2ヶ月間ぼやきの内容が代わり映えしないのは、全く進展がないからだ。 手を変え品を変え、彼女の気を引こうと試してみて2ヶ月間。正直、手詰まりの感さえ有る。

 そんな苦労を思い出して、少々重すぎる難題に、誰ともなくため息。

 ── ふと、背後から何やら人のざわめきが、聞こえてきた。

 「何だか騒がしいわね…?

 ──………って……何、アレ?」

 振り返ったまま、ぽかん、と口を開けて立ちつくす友人の様子に、目線を追えば、

 「── うわぁ〜っ すごっい美人っ」

 「何、あの人達っ モデル? それとも女優?」

 「映画か何か、撮影でもあるのかな…?」

 確かに、この辺りは芸能人の姿を見る事も希な田舎町なので、外国人というだけでも珍しい。

 しかし、そこに姿を現した女性達は、どんな街を歩いていても注目と話題を集めると思える程に、レベルが高かった。

 「うわぁ…あの髪、天然かしら…きれい…」

 まず目に付くのは、その真っ白く長い髪。初雪のような美しい輝きは、単に白髪しらがといってしまうのが躊躇ためらわれる程 だ。パンツルックで包まれた長身は、ファッションモデルの均整と成熟した女としての丸みを併せ持つ、まさにスレンダーグラマー。淡色で統一された中で唯一の黒であるサングラスは、彼女の怜悧れいりな容貌をさらに理知的に見せていた。

 「隣の人もすごくない? 格好はちょっと、アレだけど…。 なんていうか、ほら、アクション映画とかで出てきそうな感じで、ハンサムなのにセクシーっていうか…」

 その隣に歩む2人目は、この国でもなかなか見ないほど見事な漆黒の髪を後ろで束ねる、凛々しく硬質な容貌の美女で、その身体はスレンダーながら艶っぽい。

 ただ一つの難点は、眼帯にボンテージ風ファッションと、女海賊じみたコスプレだかなんだか分からない格好で、その上竹刀袋を担いでいるのでさらに統一感のない、訳の分からない感じがある。

 「すごいな、あの2人。

 外見だけじゃなく、姿勢や歩き方もすっごく良いし…ホントにモデルさんかな?」

 行く先々で感嘆と賞賛と嫉妬の視線を浴びそうな、外国人美女2人組は、迷いない足取りで、少女達が今離れてきたばかりのコーナーに近づいていく。

 「まさか…」

 「あれって…」

 「うそぉ…」

 少女達の想像通り、崎守姉妹に合流し、

 「まだ迷っていたの?」 とか 「早く帰らないと準備が」 とか、親しげに話しながらレジに向かう。

 しかも、一番年上らしい白い髪の美女なんか、魅久に何か言われた後に、こちらに顔を向け軽く会釈したりする。

 少女達は、金・栗・白・黒と、色とりどりの髪をした5人が去っていくのを呆然と見送り。

 その彩りが視界から消え去って、ようやく声を絞り出す。

 「…うそぉ…あの人達もシオちゃんの…?…イツガちゃんとミクさんだけでも、アレなのに、その上、さらに、あんなお姉さん達とか居るわけ…?」

 「ありえない、ありえないって…何食べたら、あんな風になれるわけ!

 一体、どれだけ美人姉妹なわけ!?」

 「た、確かに、考えてみれば。

 周りにあんなキレイな人たちが居たりすれば、ずっと一緒に育ったのなら、コンプレックスくらいできても当然かもしれないなぁ…」

 と、最後にスポーツ少女がつぶやくと、おのおの自分の身体を見下ろして、重々とため息をつく。

 悩み多い年頃だった。

 

 

-03-

 

 

 ── ピピッ…!

 小さな電子音。

 腕時計のアラームだ。

 正確には、電波式腕時計。何回か前の誕生日に子供達からもらった、つねに標準時計との交信しているため絶対に狂わないという話のそれが、5時を指す。

 そこから、1・2・3…と、遅々とした秒針が揺れる事、15回。

 ── ジリリリリ…っ

 いつもは耳障りな終業のブザーに、今日はひどく心躍らせられる。

 既にまとめていた荷物を手に立ち上がる。

 あわや駆け出さん勢いの、その男のなで肩を捕まえるように、上司の声。

 「係長も、今日一杯どうですかな?

 ここは一つ、うちの課の結束を強めるためにも」

 酒好きの課長の、3日に一度は出るお誘いに、幸崎こうざき係長は苦笑いを返す。

 「今日だけは、本当に無理ですよ。

 今日は結婚記念日だから、子供達がお祝いしてくれるって、前々から言われてましてね」

 と心苦しそうに。しかし、子煩悩が丸分かりな表情で言って頭を下げると、幸崎は上着と鞄を小脇に抱えて、タイムカードを機械に通す。

 男にしては細く狭い背中が遠ざかるのを待って、ぽつりと新人の女性社員が漏らした。

 「…いつも思いますけど、係長って結構付き合い悪いですね?」

 「ほら、係長の家、あれだから。養子、養子」

 ── 聞いた事ないかい?

 と、目線で尋ねる体格の良い主任の男性に、新人はうなずいて返し。

 「ああ、そう言えば何か聞いた事あります。

 子供がいないから養子を育ててるって」

 その時の彼女の感想としては、

 ── テレビのニュースかドラマでもないと聞かないそんな話が、こんな身近に。

 という、驚きが半分と、

 ── あんな、 『幸』 という字が付く姓の通り、いつもバカみたいに幸せって顔している人なのに、実は色々あるんだなあ。

 という、感心が半分だった。

 「いや、まあ、係長、自分の子供もいるんだけどね。

 でもまあ、色々大変なんだよ、あの人も」

 付き合いが長いからか、訳知り顔でしみじみと告げる先輩に、新人は相づちのようにうなずきを返す。

 部下の間でそんな会話があるというのも露知らず、 『いつもバカみたいに幸せって顔している』 幸崎係長は、それこそバカのように楽しみでならないという足取りで、 家路を急いだ。

 ああ、夢のマイホーム。空気は美味いが、街は遠い…── というのは良くある話だが、しかしそれはあくまで首都圏都心部の話。

 ひと昔前までほたるがチラホラしていたような、片田舎からようやく脱した地方都市だけに、通勤時間は電車の待ち時間を入れて、片道30分で済む程度。

 お陰で電車の外を流れる景色も、電飾とコンクリートが半分、緑と民家が半分、という感じだ。

 7つ目の駅で降車して、夕暮れ時というのに人影まばらなプラットホームを出て改札口をくぐる。

 ── 不意に、柔らかな物が腕に巻き付いてきた。

 驚いて振り向けば、悪戯っぽい笑顔を貼り付けた妻・聡美さとみ

 「お帰りなさい、あ・な・たっ」

 妙にめかし込んだ彼女は、新婚に浮かれる新妻のような声を出す。

 「た、ただいま…」

 夫は、何となく圧倒されて少し及び腰。

 「えっと…今日は一体どうしたの?」

 年甲斐もなく腕を組まれ、気恥ずかしそうにしながらもいぶかしむ声の夫。それに構わず、妻は組んだ腕を引いていく。

 「あら、いやだわ。 今日が何の日か忘れたの?」

 もちろん、忘れていない。世の男性、世の夫の大半は忘却ぼうきゃくの彼方に追いやる事が 少なくないらしいが、愛妻家であり、なにより家族を大事にする幸崎 祥多しょうたとしては、 毎年子供達が祝ってくれるこの日を忘れる訳がない。

 だからこそ、上司のお誘いを蹴ってまで、早く帰ってきたのだ。

 ── その事を言うと、妻は微笑みを深くして、

 「仕事のお付き合いも大事でしょ。 そっちを優先しても良かったのよ?」

 と、実に心にも無い事を言う。

 そんな事をした日には、どんな嵐が家庭内を吹き荒れるか、想像するだに恐ろしい。

 つまり、愛妻家と同時に恐妻家でもあるのだ。

 要するに、しっかりしりに敷かれている訳だ。

 まさに、あの息子にしてこの父あり、な訳だ。

 「ははは、そんな事できないよ…」

 と、乾いた笑みを浮かべていると、

 「シャチョウサン、オヒサイブリネ! ドシテ、オミセキテクレナイカ?」

 と、妙なイントネーションと共に妻とは逆の腕を組まれ、むにゅっ、とたわわな感触が押しつけられる。

 「── …っ!?」

 ぎょっ、として振り返れば、波打つ豊かな金髪に飾られた妙齢の美女が、意味ありげな笑みを浮かべていた。

 「お帰り、義父とおさん」

 崎守さきもり 双八フタヤ。幸崎 祥多の養女である。

 「── ふ、双八フタヤか…」

 「こらこら…」

 養女の悪戯っぽい笑みに、安堵のように重い息を吐く養父と、呆れ顔の養母。

 3人腕を組んだまま、ゆっくりと駅を出る。

 「それで、今日は2人して迎えに来てくれたのかい?」

 「ううん、今、バイト帰りよ。 たまたま、そこで義母かあさんと会ったのよ」

 「もう、この子ったら、驚かすって言って聞かないんだから…」

 「ビックリしたよ、何事かと思った」

 「フフッ… 義父とうさん、ちょっと焦ったんじゃない?

 身に覚えがあって、ドキッとしなかった?」

 「あ、あのなぁ…」

 「こらこら…

 うちの人は小心者なんだから、あんまりいじめないの」

 呆れ半分の母は、養女をそうたしなめ、続いて笑い半分に、こう告げた。

 「そんなにいじめたいなら、茅にしてちょうだい」

 母の言葉は、言うまでもなく冗談だ。

 「あははっ そんな事したら、ご主人様マスターすねちゃうわ」

 しかし、息子の義理の姉は、ひと笑いの後、

 「でも、せっかくの義母さんのお許しも出た事だし、後でちょっと意地悪しちゃおうかしら?」

 思いの外、嬉しそうに目を輝かせる。

 (…ひょっとして、余計な事を言ったかしら…)

 と、ちょっと後悔するも、結局は止めないのだから、ひどい母である。

 「まあ、あの子が根を上げない程度にね」

 父も、息子を生け贄に差し出す事を、止める気はないらしい。

 「ふふふ…それじゃあ、何しよっかなぁ」

 双八は養父の腕を開放すると、嬉しそうにハンドバックを振り回す。

 ただでさえ、波打つ金髪と、秀麗な顔立ち、そしてグラビアアイドル顔負けのグラマーさを誇る養女なのだから、余計に人目を引いた。特に胸は、抜群のプロポーションを誇る崎守姉妹の中でも一番の大きさで、肌を晒すのを嫌ってブラウスにハーフパンツと大人しめな格好をしていても、その小振りなスイカを2つ抱えるような膨らみは隠せない。それが豪快に上下するのだから、すれ違う人間の不躾な視線が、集中してもやむを得ないだろう。

 しかし、ご機嫌の本人は、意に介してないようで、ハミングでもしそうな程の笑顔。

 その笑顔が、子猫の無邪気さと残酷さを併せ持つように見える、付き合いの長い養父母は、揃ってため息。

 「茅も災難だなぁ…」

 「まあ、あの子、打たれ強いから…」

 しかし、まるで他人事のよう。

 というより、我関せず。

 私は関知しない、ではなく、私は関与したくない、であった。

 「茅、こんな父さんと母さんを許してね?」

 本当に、酷い両親である。

 「── さあ、早く帰って、ご馳走をいただこうか?」

 そう、家路を急ぐよう促す父の声に、金髪の養女は振り向き、

 「あ、そうそう。 さっき零六レムからメールが来てたんだけど。

 準備、もうちょっとかかりそうだって」

 「あら、じゃあ、帰って手伝おうかしら?」

 「ううん、いいわよ。

 今日はワタシ達だけで準備するって決めてるんだから。

 ── あ、そうだ、義父さん達、ちょっとデートしてきたら?」

 双八フタヤは、名案、とばかりに手を打ち合わせ、笑顔で告げてくる。

 「……」

 「……」

 両親は目を合わせ。

 「ん? どうしたの」

 その、全く屈託の無い笑顔に、やがてうなずきを返した。

 「そうね、折角子ども達がやってくれるっていってるんだから、ここは甘えておきましょうか?」

 「そうだね、久しぶりに2人っきりというのも良いかもしれないな」

 「じゃあ、決まりね!

 そうね、小1時間くらいで済むと思うけど、準備が出来たら電話するから。

 2人とも楽しみにしておいてね?」

 最後まで、笑顔のまま、娘は駆けていった。

 そこに、嘘偽りも、屈折もない、少なくとも作り笑顔とは思えない、それで。

 踵を返し、繁華街に向かいながら、作り笑顔を渋面に変えて、父・祥多が口を開く。

 「お義父さんも、最初こんな気持ちだったのかな…」

 ふと、厳格で無口な妻の父の顔を思い描き、ため息。

 「…まあ、これはちょっと、そういうのとは違う気もするけど…?」

 「正直、親離れは嬉しさ半分で寂しさ半分な感じだけれど…だけどねぇ…出来るなら、もうちょっと普通な状況というかなんというか…」

 「まあ、そうね…正直言えば、そうよね…でもまあ、成るようにしか成らないんじゃない?」

 妻にそう言われ、夫は再度ため息。

 そして、一日も欠かさず付けている自分の右手薬指の、シルバーの輝きを目に、

 「…これで、結婚式をしたいとか言い出したら、一体どうなるんだか…」

 「………止めましょう、頭の痛くなるだけの事を考えるのは。

 もう、後は野となれ山となれ、って感じなんだから…」

 妻の諦めきった言葉に、夫は振り返り、再度目を合わせる。

 「…はあ…」

 「…ふう…」

 幸崎家の夫婦は、相変わらずため息が尽きなかった。

 

 

-03-

 

 

 ── 家の中で、6人ものうら若い侍女が、ホームパーティの準備に追われていた。

 と表現すれば、浮かぶイメージは、使用人を包するに足る大変な名家や、大邸宅。

 しかし、その家屋は、実に慎ましいサラリーマンの財布さいふ事情に似合った、ツー ・バイ・フォー建築2階建て。そんな幸崎こうざき家で、崎守さきもり姉妹6人がバタバタ準備に追われている様は、まさにところせましという感じであった。

 「レムちゃんレムちゃん。 このかざり、どこ付けるの?」

 「それは、カーテンレールに引っかけておけ。 肆緒シオは手がいたら、テーブルの準備を」

 「魅久ミク。 なんだかげ臭い…」

 「こら五雅イツガ、洗濯物を蹴って行くな! 折角せっかく拙者せっしゃがたたみ終わったのに 、台無しでござるっ」

 「── え? ああっ、お魚が焦げます! 火、止めてください!」

 「あ〜も〜っ バタバタしないの! ほこりが立つでしょっ」

 「あぁ、ごめ〜ん。 カズナちゃん、怒ちゃイヤンっ」

 「食器棚の上も、照明のかさの裏も、ちゃんとき掃除した…。 ほこりなんか落ちないもの 」

 下は10代半ばから上は20代前半、誰もが若く美しい姿形をしていたが、その髪も肌も瞳も顔の造形も個々まちまちで、姉妹というには血のつながりが見て取れない。

 それもそのはず、彼女達 『崎守さきもり』 姓を持つ6人姉妹は、 『血を分け合った』 姉妹ではない。

 だがしかし、その平穏とはかけ離れた人生の道程どうていで、 『命を分け合っ た』 姉妹だ。

 そのきずなは、本物の姉妹に勝るとも劣らない。

 そんな人生を歩んできた彼女達であるから、自分を育ててくれた養父母への敬愛は深く強く、両親の結婚記念日のお祝いとも成れば、気合いが入って当然だ。

 そして、以上に…

 「お風呂掃除、終わったよ」

 慌ただしい場に似つかわしくない、のんびりとした少年の声。

 その声こそ、彼女達を苦境からすくい上げた、幼い日の救い主。今は、幼い頃の優しく人の良い笑顔をそのままに、青年へと成長のきざしを見せる少年。6人姉妹の 、愛しいご主人様であり、養父母の一人息子である、幸崎こうざき ちがやだ。

 「ねぇ、次は何をしたらいい?」

 と、誰ともなくたずねる少年主人。

 姉妹達は一瞬、無言で目を合わせると、顔を寄せて密談を始めた。

 「…茅様の姿が見えぬと思えば…風呂掃除をなさってござったか?」

 「…仕方ないでしょ? ご主人様マスターったら、あれだけ、のんびり座ってて、って言ったのに全然聞いてくれないんだから…」

 「…あるじ様が親孝行をなさる、というだけなら喜ばしい限りではあるが…」

 「…でも。 これを機に、ご主人様が家事を覚えたりすると、大問題。

 私達のそばにいる理由が無くなる…」

 「そうですよ…!

 今のままなら、茅様が遠くの大学に進学され、1人暮らしを始められようとも、身の回りの世話としょうして、公然と乗り込 み居着くための理由が立つ所。

 しかし、もしも茅様が 『自分の身の回りの事くらい自分で…』 などと言われるようになってしまうと…っ!」

 「…拙者達は、お役ご免…!?

 いかん、いかんでござる!」

 「嫌よ、そんなの…っ

 それに1人暮らしなんて、マスターは世間知らずだから、悪い女に簡単にたぶらかされ るに決まってるわ…!」

 「でも、そう言って反対する訳にいかない…」

 「ならば、大義名分としては…

 主様は、幸崎家の一人息子。お世継ぎであり、まだ学生の身。ならば本分のご勉学に専念され、家事のような些末さまつ事は 、我々に任せて頂くべきであると…」

 何やら姉妹の、密やかな議論が白熱してくる。

 と、その中から唯一外れていた金髪の末妹が、邪心のない笑みを浮かべて、彼に手招き。

 「ねぇねぇ、チーさま、いっしょにポテトサラダ作ろ?」

 「うん、いいよ。 で、どうすれば良い?」

 「じゃあチーさま、男の子だからボテトつぶす役ね? 私、マヨネーズ入れて混ぜる役」

 金髪の少女はそう言って、ガラスのボウルに湯気立つでたての ジャガイモを放り込み、擦り棒を主人に手渡した。

 「…と、言ってるそばから…五雅が…」

 「も〜っ この子は、相変わらず人の言う事聞かないわねぇ!」

 と、姉達の不満と呆れの表情に気付かない、脳天気な末の妹は、その表情を甘く溶かして、

 「ふんふんふ〜ん♪ お父さまとお母さまに 『このポテトサラダおいしいね?』 って、ほめられてぇ。

 『そりゃそうだよ、私とチーさまの共同作業で、2人の愛がい〜っぱいっ、こもってるんだよぉ』 って。

 ── えへへ、これが愛の結晶ってやつかなぁ?」

 とか、ひとり妄想に浸かって、のたまうと、

 『── きょ、共同作業! 愛の結晶!?』

 と、残る5人が声をそろえる。同時に、彼女達の脳裏を何かが駆け抜けたようだ。

 その情景は多分、桜色だったり、あるいは純白だったり、麗しかったり、華やかだったりしたのだろう。五雅の姉たちは、我先にと身を乗り出してきた。

 「五雅さん、貴方の味付けでは、お父様には少々濃すぎるので、わたくしが具合を見て差し上げましょうか?」

 「ええっ いいよ別に。 私がポテトサラダの係りだから、最後までちゃんとやるもんっ」

 「あるじ様、ポテトはつぶしすぎても、 しつこくなりますので、もっと、軽く。

 ……いえ、違います。 では僭越せんえつながら私が、手取り足取りお教えいたします」

 「ご主人様マスター、このままじゃつぶしにくいでしょ? ワタシがボウルを おさえておくわね?」

 「せ、拙者も、拙者も何か手伝うでござるっ」

 「ご主人様、ブラックペッパー。 きっと、隠し味が効いて美味しいの…」

 という具合で、ポテトサラダという割合簡単な料理を作るのに7人がかりという、実に非効率この上ない作業が始まる。

 お陰で、ただでさえ予定より遅れ気味の準備が、さらにギリギリに追い込まれる羽目となった。

 

 

-05-

 

 

 「── まあ…っ!」

 「へぇ…すごいな」

 両親が家に戻れば、家の中が一変していた。

 きらびやかに飾られた内装に、無数に並べられたキャンドルの灯がきらめき。

 9人という大家族が一度に食事できる、かなり大きなテーブルには、あふれんばかりに色とりどりの料理が並べられていた。

  主賓の両親の席には、お揃いのグラスと赤ワインが並ぶ。前菜には、ぷりっとした小海老がおいしそうなシーフードのマリネ。少し焦げ目のついた、表面つややかなロールパン。バターの香りかぐわしい 、白身魚のホイル焼き。キノコとデミグラスソースの、ビーフシチュー。父の好物のポテトサラダには自家製ポテトチップスだって添えられている。

 いつも見慣れたダイニングが、今日はホテルのレストランの様だ。

 「あらまあ、どれもとってもおいしそうねっ」

 とは、主賓として着飾った母・聡美さとみの、心からの賞賛の言葉。

 「流石は、うちの娘達。 どこに出しても恥ずかしくないな」

 とは、まずは風呂に入らされ、さっぱりして部屋着に着替えた、父・祥多しょうたの言葉。

 「お父さん、僕もちょっとは手伝ったんだよ!」

 と、子供っぽさの抜けない長男の抗議に、両親は微苦笑を漏らして、

 「お父様、お母様、ご安心下さい。

 我々は、一生、どこに出るつもりもありませんから」

 続く、白い髪の長女の誇らしげな宣告と、残る姉妹の揃った首肯に、両親はもう笑いしか出ない。

 

 ── ともあれ。

 両親は、プレゼントを開けて喜び、料理に舌鼓を打ち、成人した子供達と呑み交わし、自分の実子と、それ同然に育てた養子達にもてなされ、親としての幸福をかみしめる。

 しかし、楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去る物。見れば、もう4時間。すでに11時を回っていた。

 「── さて、そろそろ、寝るかな?」

 アルコールで顔を赤らめた祥多は、聡美が風呂を上がったのを機に、ふらふらと立ち上がった。

 それを、子の誰が支えるより早く、湯上がりの彼の伴侶が、当然のように支える。

 「もう…あなた、ちょっと飲み過ぎよ。

 ── あなた達も、明日も学校や仕事があるんだから、片付けは簡単にで良いから、早く寝なさいね?」

 母はそう言い残して、父と共に部屋に引き上げていった。

 ── 要は、大人の時間、という事だろう。

 子供達一同は、素直にうなずき。

 そして、姉妹は意味ありげに、目配りを交わした。

 つまり、子どもの時間、という訳だった。

 

 

-06-

 

 「2人とも喜んでくれてよかった」

 ちがやは、ソファに沈み込む。

 洗い物をふきあげ、片付けが一通り終わったので、ちょっと一息。そのつもりが、れない事をした疲れもあって、ぼんやりしている内に睡魔が差してくる。

 そこへ、

 「ご主人様マスター、お風呂の準備できたわ」

 と、双八フタヤの呼び声。

 「…うん…」

 茅は眠そうな声で返事し、もたもたと立ち上がると、金髪の侍女に導かれるまま脱衣所に入った。年上の美女はなれた物で、ぼんやりとしている少年を上手く 誘導して脱がせていく。

 全裸になってタオル片手にバスルームに入れば、別の侍女が水着姿で待ちかまえていた。魅久ミクだ。

 「それでは、お背中流しますね?」

 「…うん…」

 清楚な容貌の少女は、かけ湯をしてから背中から洗い始めた。細い指が持つスポンジで、優しく撫でるように身体を洗われるのは、実に気持ちがよい。背中が終われば、次は足が泡でくるまれる。あかと汚れを落とし終わると、次いで細く柔らかな手が 、足の指の間、土踏まず、かかと、ふくらはぎ、太股、と軽いマッサージをしてくれるから、余計に眠気がさす。

 それから手、胴体と、一通り身体が洗い終わり、髪を洗われ始めると、少年は、もはやうつらうつらと、舟をこぐように頭を揺らし始める。

 「茅様、こんな所でお休みになると、お風邪をされますよ?」

 茅の頭皮をもみほぐすように手を動かしていた魅久は、たしなめるように言うが、

 「…うん…」

 と、茅は生返事を返すばかり。

 「頭、流しますよ?」

 どこか遠い声に、そう言われて、夢うつつにうなずく。

 ── ばしゃぁぁ〜…っ

 と、頭頂から流され、髪からしたたる湯加減も、大変よろしい。ぽたり、ぽたり、という天井からの雫の規則的な音も、ひどく眠気を誘う。

 うつら、うつら、と一際大きく頭を揺らした時、

 ── ざぁぁぁ…っ

 「──〜〜〜……っ!」

 途端に背筋に走った冷気に、少年は声なく身を震わせた。

 振り向けば、冷水を滴らせるシャワーのノズルをもった少女が、清廉せいれんな顔に悪戯いたずらな表情を浮かべている。

 「ひ、ひどいよ、魅久っ」

 「あら、お風呂の中でお眠りになると危険ですわよ」

 主の責める声に、侍女は相変わらず楚々とした笑顔で、むしろたしなめさえする。

 「それに、いい加減気付いていただきたい物ですわ」

 立ち上がって後ろに手を組み、すねたような表情で彼女の言葉に、

 「…あ、水着……変えたんだ?」

 寝ぼけて気付かなかった茅は、少し気まずげな声を出した。

 今までと同じくワンピースタイプの水着ではあるが、しかしクリーム色の肩ひものないデザインで、胸元には小さなリボンのワンポイントと、実用一辺倒の競泳用とは大分 印象が違うものだから、寝ぼけていたとしても早く気付くべきだろう。

 「う、うん。 前のもよかったけど、そういう可愛いデザインの方が魅久らしくて似合ってるよ」

 ちょっと慌てて、言いつくろう。

 茅も伊達に、何年も 『ご主人様』 業をやっていない。女の子の髪型や服、アクセサリーは取りあえず誉める、という男として最低限のマナーくらい身に付いている。

 「うふふ、そうですか?」

 と、若干ご機嫌を取り戻してきた魅久ではあるが、それで済むわけがないというのは、茅も薄々感づいていた。

 ── 茅の侍女として、また護衛として自任する崎守姉妹が 『お風呂は、寝床に次ぐ程、命を狙われる危険がある場所』 と熱烈に主張し続けるので、最初は反対しながらも結局は根負けした母が 、茅の入浴の世話について出した条件は 『一緒に お風呂で裸は流石に不味いので、水着くらい着なさい』 だった。

 一応、若さあふれる年頃の男女の、最後の防衛線である。

 しかし、よく決壊する防衛線である。

 何せ、防衛すべき側が、まったく侵攻を防ぐ気が無いどころか、悦んで敵軍の侵略と陵辱を招き入れるのだから、始末に負えない。しかし、それが母にばれれば、入浴の世話自体が禁止されかねないので、一応秘密外交である。…何の事だかさっぱりだが。

 ともあれ、両親が早速と寝てしまっている今は、絶好チャンス。

 魅久は、当然それを期待していたらしく、じっと熱っぽい瞳で身を寄せてくる。

 彼女はその繊手せんしゅで、風呂の椅子に腰掛けた茅の ひざを開かせ、少年の脚の間に、メリハリの利いた水着姿を割り込ませる。

 「あらあら…こんなに、荒々しくいきり立てられて…」

 少女は今初めて気付いたような声で、少年のタオルを持ち上げる部分に手をやった。

 うたた寝していたので、半分朝立ちみたいな物だ。残る半分は、確かに、まあ、何というか…。

 だって、彼女が悪いのだ。

 そんな、切なそうな上目づかいですり寄ってきて、しかも、タオルの盛り上がった部分の硬さを確かめるように、細く柔らかい指先で、何回も形をなぞったりするから、あ、またちょとふくらんで…。

  そういう少年の心情を見越した魅久は、

 「茅様…わたくし達姉妹は、全て茅様の所有物でございます。

 わたくし達にとって、ご主人様の命令は絶対。

 ご命令とあれば、いつでも、どこでも、どのような事でも、喜んで従いますわ」

 と、極上の笑顔を浮かべながら、『どのような事でも』 を妙に強調して言う。

 要は、命令して欲しい、と言っているのだ。

 茅の一言が欲しいと。

 「………」

 少年は、じっと、上目づかいで見つめてくる魅久の耳の下に手を当てる。と、彼女は心得たように身体を持ち上げた。

 「ん…」

 「ちゅ…っ …はぁ」

 軽く触れ合う程度のキスだが、魅久はうっとりと表情を崩す。

 そのまま、彼女の腰に手を回そうとするが、

 「あん…もう、ダメですよ。ちゃんと命令してくださらないと」

 と、押し止められる。

 「さ、魅久がどうすれが良いか、ご命令を下さいませ」

 「…う…っ」

 正面から覗き込む期待に満ちた目に、茅はうめき声一つで、黙り込む。

 茅は、他人に指示・命令といった、主導権をるような真似が苦手だ。だから、雰囲気で流そうと思ったのだが、魅久はそれで許してはくれない。

 その辺り、自分で器の小さい小物だと思うし、人を思い通り動かす事など少しも嬉しいとは思わない ── とは言わないが、やはり最終的には、ストレスが多くなる。そんな性格だ。だから、彼女達の上に立って、どうというのも相応しくないとさえ思う。やはり、人間生まれ持った 『分』 という物があって、自分のそれは人の上に立つような物ではないと思う。

 しかし、そんな事をうっかり漏らそう物なら、

 「…そうですか…わたくし達に飽きたのですね?

 もう、抱くのさえ嫌になって、疎ましく感じるようになられたのですね?」

 「チーさまひどい! ずっといっしょにいて良いって言ったのに! うそつき!」

 「どうして! どうしてなの、ご主人様マスター!?

 ワタシ達、何かご主人様マスターが嫌な事した? どこか悪い所あった!?」

 「…いや。 ご主人様、捨てないで。

 悪い所は直ぐに直すから、捨てないで…」

 「主様が、邪魔だとおっしゃるなら、我々は大人しく出ていきます。

 それが、ご命令なら、逆らう事などできません…。

 …しかし、本当にもう、我々の事は要らぬと。

 主様にご命令いただければ、何でも喜んで忠実に従う、我々が。

 主様のためであれば、どんな事でも喜んで行う、我々が。

 要らぬと、そうおっしゃるのですか?」

 「…拙者は、茅様にお仕えする以外に生きる道を知らぬ女でござる。

 故に、お役ご免と言い渡されるなら、いっそひと思いに命を絶って下され」

 ── と、洒落にならない勢いと血相で問いつめられるのが、目に見えている。

 というか、既に何回かやって、その度に彼女達をなだめるのに苦労していた。

 そんな調子だから、母も父も、彼女達の茅への 『ご奉仕』 には、黙認状態。いや、正直に言えば、諦めているのだろう。

 そんなこんなで、孤立無援で四面楚歌しめんそかな状態な茅は、自分の境遇にため息。

 「…はあ…」

 そして、目を正面に戻せば、じっとこちらの言葉を待っている、清楚可憐の美少女。

 「…魅久、エッチがしたい…」

 ぼそぼそと、言うが、

 「ダメですっ ちゃんとご命令ください」

 あっさりダメ出し。

 次いで言い方を変え、

 「…魅久、抱かせて…?」

 「ご命令になってません。

 それに、わたくし達は愚鈍な雌犬でございますから、具体的に 『どうしろ』 と命じて頂かなければ、どのようにすれば良いか、わかりかねますわ」

 またも、却下。

 というか、相変わらず凄い言い方だ。魅久は、この前の中間テストで学年20位入りで、才色兼備っぷりを披露し、さらに評判右肩上がり。その才女が愚鈍だなんて、謙遜けんそんも過ぎれば嫌味なくらいだ。

 対して、相変わらず成績低飛行気味の茅なのだから、まかり間違っても彼女に口で勝てるわけもない。出るのは、返答にきゅうしたうなり声くらい。

 「…うぅ…」

 そこにたたみかけるように、魅久は身を寄せてきて、期待に満ちた目で、じっと見上げてくる。

 「わたくし共にとって、育てて頂いた恩義の有る、お父様お母様から言いつけを受けたとあっては、元来は破る事など考えられないような事ですのよ?

 もし、それを破る事が有るとすれば、それは絶対服従を誓っているご主人様のご命令だけ。

 ── ですので、ささ、茅様、早く早くっ」

 どんな羞恥しゅうちプレイだ…と、半ば涙ながらに思いながら、茅はようや意を決して口を開く。

 「魅久…」

 と、言いながらも、まだちょっと言い方に迷ったが、やがて絞り出すように、

 「…セックスさせろ」

 そう、明確に告げた。

 すると、魅久は目を閉じ、1拍。2拍。

 そして、目を開くと、少し伏し目がちにして、深々と頭を下げる。

 「はい、承知いたしました。

 魅久は茅様の所有物。

 茅様に、この身と心の全てを差し上げると誓約しました、奴隷女でございます。

 ご主人様のご命令とあれば、いつ、どこで、どんな恥ずかしい目にあわされるとしても、逆らう事などできませんわ」

 言葉に反して、嬉々とした声。

 どちらかと言えば、こちらの方が恥ずかしい目にあわされている気もする。

 (相変わらず、振り回されてるよなぁ)

 とは思うが。

 そう思う以上に、どうする事もできない茅であった。

 

 

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